体験できる脳科学!
北澤研では「体験できる脳科学」をモットーに、知覚・運動・認知・コミュニケーションなど多岐にわたる研究に取り組んでいます。北澤研の研究テーマと4段階アプローチを紹介します。
研究テーマ
1.目を動かしても世界が動かないのはなぜか
私たちは目を1秒間に3回程度、100-500度毎秒もの速度動かしています。しかし、こころの中の世界は全く動かないので、私たちは自分の目が動いていることに気づくことすらありません。これはなぜでしょうか。本当に不思議です。
この問は少なくとも1000年以上にわたって、アルハーゼン、デカルト、ヘルムホルツ、といった偉大な思想家によって繰り返し発せられてきました。
私たちはこの問いを3つにブレイクダウンしました。
- どうしてブレた網膜像が私たちの意識には上らないのでしょうか。
- ブレた網膜像がこころから締め出されている間に、私たちは一体何を見ているのでしょうか。
- すばやい目の運動の前後でずれた2枚の異なる網膜像から、どのようにして動かない心の中の世界を作り上げるのでしょうか。
私たちは最も重要な3番目の問題に、「脳は2枚の網膜像から背景を中心とする座標系を作り出す」という仮説(背景座標系仮説)を立てて、その検証に4段階で取り組んでいます。
レベル1 ヒトを対象とした行動実験で背景座標系の存在を証明
「運動学習」を使った行動実験で「脳は背景座標系を使っている」ことを示しました。
Uchimura, M. & Kitazawa, S. J Neurosci 33, 7595-602 (2013).
レベル2 ヒトの脳活動計測で背景座標系の脳内候補を検索
fMRIのアダプテーション法を使って、右の楔前部が背景座標系の有力な候補であることを示しました。
Uchimura M, Nakano T, Morito Y, Ando H & Kitazawa S. Eur J Neurosci, 42: 1651-1659 (2015).
レベル3 サルの脳で「背景座標系ニューロン」を捉える(実験中)
ヒトの非侵襲脳活動計測は、空間的にも時間的にも得られる情報が少ないため、具体的な数理モデルを作り上げるにはデータが不足します。背景座標系のモデルを具体的に作るために、サルの脳のニューロンの活動を計測します。現在、サルの楔前部相当領域で背景座標系ニューロンを検索中です。
レベル4 背景座標系を生み出す神経回路網を構築する(準備中)
多層神経回路網を教師付き学習させることで、画像の中の対象が何であるか(What)をすばらしい精度で出力する神経回路網が構築されて、世界中が興奮しています。私たちは、教師無し、で網膜像から外部座標系が自然に獲得される神経回路網を構築する予定です。
興味を持った人は、日本語総説をどうぞ。
北澤 茂.領域融合レビュー, 4, e012 (2015) DOI: 10.7875/leading.author.4.e012.
2.こころの時間の脳科学
私たちのこころには、現在・過去・未来、の時間がありありと意識されています。しかし、あらためて「時間って何だろう」と考え出すと、問題設定自体が漠然としていて、研究対象にするのはとても難しいことに気づきます。北澤研では、極めて単純な2つの事象の時間順序、に注目して主観的な時間順序がどのようにして脳の中で構築されるのかを調べてきました。ここでも4段階アプローチをとっています。
レベル1 手や棒を交差すると時間順序が逆転することを発見
左右の手に加えた刺激の時間順序が手を交差すると、時間差200ms程度の場合に逆転することを発見しました。皮膚上の出来事なのに、空間配置を経てから順序が決まること、200 ms程度の時間差の事象は物理世界の順序で処理されるのではなく、まとめて再解釈が施されること、が示唆されました。
Yamamoto, S. & Kitazawa, S. Nat Neurosci 4, 759-65 (2001).
Yamamoto S, Kitazawa S. Nat Neurosci 4:979-980 (2001).
Miyazaki, M., Yamamoto, S., Uchida, S. & Kitazawa, S. Nat Neurosci 9, 875-7 (2006).
レベル2 fMRI法で、空間だけでなく動きの領域が重要であることを発見
「動き」を表現する側頭葉の領域も貢献することが示唆されました。「動き」は時間変化そのものなので「動き」の情報を使って時間が再構成されるのは合理的と言えるでしょう。
Takahashi, T., Kansaku, K., Wada, M., Shibuya, S. & Kitazawa, S. Cereb Cortex 23, 1952-64 (2013).
レベル3 目を動かす直前に時間順序が逆転する現象の神経表現を調べています。
3.滑らかで正確な運動学習の仕組み
レベル1 誤差に基づく運動学習の性質をヒトで調べる
これまでに、運動終了直後50 msに誤差を見ることが大切であること、500回繰り返し練習すると学習が定着すること、学習には早い、遅い、とても遅い、3段階があること、などを発見しました。
Inoue M, Uchimura M, Karibe A, O'Shea J, Rossetti Y, Kitazawa S. J Neurophysiol 2015 113:328-338 DOI:10.1152/jn.00803.2013
Kitazawa S, Kohno T, Uka T. J Neurosci 15:7644-7652 (1995)
レベル3 誤差に基づく運動学習の神経基盤をサルで調べる
最適化に必要な誤差の情報が登上線維経由で小脳に到達していること、さらにその前は運動野を経由していること、運動野の電気刺激で「人工学習」を起こせることなどを示しました。
Inoue M, Uchiumura M & Kitazawa S. Neuron 90, p.1114-1126, 2016.
Kitazawa S, Kimura T, Yin PB. Nature 392:494-497 (1998)
日本語解説として
北澤 茂・井上雅仁 ライフサイエンス新着論文レビュー DOI: 10.7875/first.author.2016.057
レベル4 小脳ランダムウォーク仮説を提案
4.視線計測や瞬目を使った自閉症の評価指標の開発
コミュニケーションの障害である自閉症の診断と治療効果の評価に役立てるために、私たちは視線計測データを使った、客観的な評価指標の開発に取り組みました。5-6秒のビデオクリップを組み合わせた1分余りのビデオ画像を見たときの視線の時空間パターンを多次元尺度法で解析すると、コミュニケーション能力が低いほど中心から外れてプロットされることがわかりました。また、大人と子供では顔の見方が異なる(子供は話す人の口を見る)こともわかりました。定型発達では眼をみるはず、という定説を覆す結果です。